太宰府天満宮から令和の地「坂本八幡神社」と大宰府展示館への行き方

太宰府天満宮から令和の地「坂本八幡神社」と大宰府展示館への行き方

新元号が「令和」に決定されるとともに、令和の由来となった万葉集に掲載された和歌を詠んだ大伴旅人の邸宅跡とされる太宰府市の坂本八幡神社が一躍脚光を浴びました。

まさに令和ゆかりの地と言われる神社ですが、普段は人がほとんどいない小さな神社であり、大宰府政庁から徒歩3分程度の距離に位置する小さな神社です。

本記事では、太宰府天満宮から坂本八幡神社へのアクセスについて紹介するとともに、梅花の宴のジオラマを展示している大宰府展示館についても紹介します。

坂本八幡宮の紹介

坂本八幡宮は大宰府政庁の北西に位置する小さな神社です。

坂本八幡宮(さかもとはちまんぐう)は、福岡県太宰府市にある八幡宮。祭神は応神天皇。大宰府政庁跡の北西にあり、元号「令和」のゆかりの地とされる。太宰府天満宮の管理する神社の一つで、常駐の宮司はいないため、いわゆる「御朱印」などは無い。改元に合わせ、朱印を新しく授ける予定。

当時大宰帥の地位にあった大伴旅人は、大宰府の近辺にあった自身の邸宅で宴会(=「梅花の宴」)を催した。大伴旅人の邸宅が具体的にどこにあったかは諸説あるが、現在の坂本八幡宮の付近が有力候補地とされる。

Wikipediaから引用

参拝者は1日あたり20人ほどだったが、「令和」発表直後には3000人に急増したと言われています。

太宰府天満宮の一極集中から、新たな観光地とすべく太宰府市もこれから新元号を祝う催しものとともに石碑の設置など検討しているようです。

 

坂本八幡宮と令和ゆかりの地
リンク先:阪急交通社

 

梅花の宴

新元号「令和」の典拠は、約1300年前に太宰府の地で行われた「梅花の宴(ばいかのえん)」を記した万葉集の「梅花の歌」の三十二首の序文にあると発表されました。

ときに、初春しよしゆんれいげつにして、かぜやはらぎ、うめ鏡前きやうぜんひらき、らん珮後はいごかうかをらす。

この梅花の宴を主催したのは万葉集の選者である大伴家持の父であり、奈良時代初頭の政治家としても有名な大伴旅人です。

同人は西暦727年ころに大宰府の長官「大宰帥」(だざいのそち)として赴任し、730年に大納言に昇進しますが、大宰府の役所が管轄した西海道の官人たちを自らが住まう邸宅に招いてこの宴を開きました。

大伴旅人の邸宅については、この坂本八幡宮を含めて数か所にあったとの説がありますが、有力な説の一つとして、坂本八幡宮のほかに大宰府政庁に隣接する大宰府展示館があります。

 

同館には「梅花の宴」のジオラマが展示されていることから、来館者が激増しています。

 

 

令和の地
梅花の宴のジオラマ:中央の人物が大伴旅人

太宰府天満宮から坂本八幡神社へのアクセス

太宰府天満宮から坂本八幡神社へは、ローカルバス「まほろば号」での移動が一番安くて楽です。

SuicaなどのICカードも利用できますので、太宰府天満宮の参拝後にも訪問されていはいかがでしょうか。

料金はどこから乗ってどこで降りても一律100円です。

 

太宰府まほろば号
リンク先:Wikipedia

 

太宰府天満宮から参拝後に坂本八幡宮へ行く場合は、西鉄太宰府駅からまほろば号に乗車して「太宰府跡」で降車します。

同バス停から博多駅や福岡空港へのアクセスも良好です。

バスの時間:大宰府政庁跡からのアクセスはこちら

坂本八幡宮の最寄り駅

西鉄電車:都府楼前駅(徒歩15分)

バス停:大宰府政庁跡(徒歩6分)

最後に

平成31年4月30日をもって今上陛下が天皇陛下の御位を皇太子殿下に御譲位されます。御譲位は1817年光格天皇から仁孝天皇に譲られた約200年以来のこととなり、歴史の転換期を迎えます。

太宰府市には学問の神様を祭った太宰府天満宮が福岡県の観光スポットとして多くの参拝客・観光客が訪れますが、令和のゆかりの地として注目の高い坂本八幡宮や大宰府政庁(大宰府展示館)も歴史的価値の高い観光スポットです。

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